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そんなことで僕を嫌いになったの?

<実話ベースのフィクションです>

名古屋のある美容室で働く親子には強い確執があった。55歳の母が
社長兼店長で、30歳の娘がチーフをしていた。とにかくよく喧嘩する。
店内でも頻繁に言い争いになるので、お互いのために新店をつくり離
れた職場で仕事をすることにした。

ところが娘の新店がひどい成績不振だった。立地が悪いのか、営業
努力が足りないのか分からないが母の本店の半分しか売上げがない。
「なにやってるの、あの店は」「あの店は金喰い虫ね」「疫病神みた
いなお店だよね」などと本店内で批判する母。
それが娘の耳にも入る。
「こんなひどい店を押しつけておいて。自分でやってみたら」などと
言い返す娘。

本店・支店の交流は途絶え、互いが悪口だけを言い合う関係になっ
てしまった。
そして2年後、社長は決断した。
このままだと会社がつぶれてしまう。支店の撤退と支店スタッフ全員
の解雇を通告したのだった。娘は「親子の縁を切る」と言い残し、他
の美容室へ就職した。

「せいせいしたわね」
母はうそぶきながら営業をつづけ、15年経った。
母は70歳になった。数年前からリウマチが発症したことからハサミを
断ち、現場から退いて店長に店を任せるようになった。

娘は45歳になっていた。毎月蓄えた自己資金と金融機関から借りた
お金で昨年、自分の店を持った。その場所は母の店の隣だった。
「元・娘だったどこかのおばさんが戦争を仕掛けてきた」と母は激高
しスタッフに「絶対負けちゃダメだからね」と戦争宣言した。

娘は「おバカさんね、対等に勝負できると思うの?時代は変わった
の。いつまでも古い商売やってちゃ、すぐに閑古鳥よ」
スマホ予約システムやポイントカードシステム、SNS活用などで母の店
を打ち負かしていった。
母の会社に体力は残っていなかった。一年も経たずにシャッターが降
ろされ弁護士名義による「廃業」の貼り紙が出た。

どうして親子なんだから助け合わないのだろう。どうして親子なの
に他人以上にひどい喧嘩をするのだろうと素朴に思う。
この話を聞かせてくれたのは母の本店で以前働いていたスタッフの女
性である。彼女も「もっとやりようはあったと思います」と言うが、
すべてはあとのまつりである。

ある男性セラピストに聞いたことがある。

「親子の確執は、当人同士も理由がわかりません。お互いに記憶がな
いのです。以前セラピーに来られた方は、子どものころ運動会で転ん
で痛い思いをしたのに、応援席で見ていた母親が笑っていたのが悲し
くてお母さんのことがそれ以来嫌いになった、ということを30年後に
なって思い出したケースがあります」

幸い、私は確執がある人はいない。
「何となく虫が好かない」とか「気にくわんな」と感じる人はいるが、
自然に接することができるし、無理に仲良くなろうとも思っていない
ので支障はない。

そんなことより、こちらが気づかないうちに誰かを傷つけたり、誰
かに嫌われたりしているのかもしれない。
それもひとつの縁なので、心配ばかりはしておられないが、大切な仲
間とはすこしでも理解を深め、信頼関係の誤解があればしっかり解い
ておく必要がある。

そんなことを再認識させられる親子美容室のエピソードだった。

※このエピソードは実話ですが、実際は美容室ではありません。